はじめに
年齢性別を問わず、自閉スペクトラム症の人には、
それぞれ特有の「こだわり」が目立つ、といわれています。
具体例を伝える記事も数多く配信されていますが、
それらの多くは、客観的に解説に終始する内容で共通しているようです。
さて、当記事ではそれらの記事とは少し変わった切り口で、
自閉スペクトラム症の「こだわり」を解説していきたいと思います。
周囲の人たちからは「好ましくない」「直してほしい」と受け取られがちな言動も、
自分自身を守るための「こだわり」である場合が、少なくありません。
周囲の人たちが、このことを感覚的に理解することは、正直むずかしい作業でしょう。
それでも頭での理解に努めようとする姿勢を、相手に伝えることは十分可能です。
より良好な人間関係を築き、心地よい距離感を保ち続ける意味でも、
この「歩み寄ろうとする姿勢」は非常に重要でしょう。
だからこそ、以下の体験談をご覧いただき、
自閉スペクトラム症の「こだわり」を体感してみてください。
以下に登場する事例は、いずれもフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。あくまで自閉スペクトラム症の「こだわり」を理解するための参考資料として、ご一読ください。
「こだわり」体験談
山本一郎(仮名)・営業職28歳男性の吐露
今日もやっちゃいました。
得意先と上司を怒らせたうえに、同僚たちに笑われてしまう、僕の必殺フルコース。
「急用が入ったから、約束の時間を1時間ばかり、後にずらしてくれないか?」
重要な取引先の担当者からのこの電話に、一気にパニック手前に。
そのまま言われた通りにすれば、
次の訪問先への到着時間が、最低でも1時間は遅れてしまいます。
なにより、僕が「分単位で」細かく組み上げたその日1日の予定が、
滅茶苦茶になることは、「あってはならないこと」なのです。
一生懸命自分を落ち着かせます。
パニックを外に出してしまっては、取引先に迷惑がかかってしまいます。
一呼吸おいて、よし。
「1時間後ですと14時38分ですから、B社に向かう途上ですね。
地下鉄〇〇線の〇〇駅付近を通過中の予定ですので、それは無理です」
正直に理由までお伝えし、丁重にお断りしたつもりでした。
「どっちの得意先が我が社にとって重要なのか、オマエもわかっているだろ!?」
しかしながら、上司はカンカン。怒られてしまいました。
臨機応変に予定を組み変えろといわれても、僕には無理です。
どうやら、理由をお伝えする際に、
お断りした取引先のライバル社名まで口にしてしまったことも、
大問題……、つまり、失礼だったようです。
正直に伝えたはずなのに何故怒られてしまったのでしょうか。
「オマエは電車か!?」
「いいえ、僕は山本です」
周囲の同僚たちは、あきれた笑いをこらえるのに、必死だったそうです。
さて、ようやくお説教が終わったと判断した僕は、
その場でイヤホンを両耳に着けました。
精神的に追い詰められると、
周囲の音が大音量で押し寄せてきて、目が回り、
立っていられなくなることがあるからです。
職場で倒れて迷惑をかけてはならないと、僕なりの配慮のつもりでした。
しかしながら、
「上司の説教など聞く耳を持たない!」
という意思表示だと誤解されたらしく、ますます立場を悪くしてしまいました。
翌朝、僕の仕事机の上に、市販の耳栓が置いてありました。
「誰の物だろう?」
同僚に説明されるまで、何を意味しているのか、察することができませんでした。
自分なりに少しでもみんなに歩み寄ろうと、
一生懸命振る舞っているつもりですが、毎日がこんな調子です。
田中ひとみ(仮名)・テーマパーク勤務23歳女性のひとりごと
コミュニケーションが大の苦手の私が、テーマパークのスタッフというのも、
なんだか不思議な話ですよね。
ですが実際にやってみると、与えられた持ち場で指示される仕事内容は、
マニュアル通りにこなしておけば、基本大丈夫。
来園者へのお声がけも、基本的な台本がありますから、
それらを声にしておけば、どうにかなるものです。
「棒読みでは感動は伝えられないし、無表情なのもちょっとな。
それは丁寧さとか礼儀正しさとは違うよ」
勤務態度について注意されるのは、いつもこればかり。何回目でしょうか。
私だって、鏡の前で笑顔の練習をしてみました。
でも、ぎこちない自分の表情が嫌で、毎回すぐに投げ出してしまいます。
そんな私が一番苦手なのが、
スタッフ同士や来園者とのハイタッチといった、身体が触れるコミュニケーション。
触覚過敏が強い私は、他人の指がちょっと身体に触れるだけでも、
「うぎゃわあああっ!」
腹の底から叫び出したいほどの、強烈な不快感に襲われるのです。
出退勤もランチタイムも、もちろん常に単独行動。
誰かが近づいてきても、すっと自分から逃げてしまいます。
やっぱり「変な人」でしょうね。陰でそういう風に言われていること、私は知っています。
勤務先にハイテンションな方が多いからでしょうか。
飲み会やカラオケ大会なども、よく開催されますが、全部パスさせてもらっています。
私にとってのカラオケは、鼓膜が破れそうな騒音の中に放り込まれるようなものです。
どうして皆さんは平気なのでしょうか。
こんな私ですが、気にかけてくれる方も中にはいらっしゃいます。
「仲間内でこんなふうに陰口叩かれているわよ。
もう少しみんなの輪の中に入ったほうが、田中さん自身のためにも、いいと思うよ」
同期の女の子がそっと見せてくれたスマホの画面には、
私のことがこんなふうに書かれていました。
天然奇念仏
「これ、漢字が違っていますよ」
自分のスマホを取り出して、「天然記念物」と正しい漢字を教えてあげたのですが、
この対応も間違っていたのでしょうか?
同期の女の子は無言で去っていきました。
まとめ
自閉スペクトラム症の「こだわり」とされる言動・行動は、
それらのすべてが自らの意志に基づくものであるとは限りません。
- 自身の心身の状態を平穏に保つための、無意識のルーティン
- 教えられたルールを真面目に守り、素直に従った結果
- 自分なりにどうにか集団の輪の中に飛び込もうと、試行錯誤した結果
しかしながら、結果的にこれらがミスマッチとなってしまい、
「融通が利かない」「妙なこだわりが強い」と解釈されてしまうのでしょう。
突然爆音が響けば、誰もが反射的に、両耳を塞いでしゃがみ込みます。
仕事で急にアドリブ対応を強制されれば、戸惑って当然です。
罰ゲームのような食材には、箸が伸びないどころか、顔をそむけることでしょう。
一般的には何の問題もない環境や変化も、
自閉スペクトラム症の人にとっては、
耐えがたいほどに過酷であると感じられる場面が、どうやら少なくないようです。
街で流れるBGMが飛行機の爆音で、甘口カレーが10辛以上のハバネロ風味……。
そんな環境を想像してみてください。
いかがですか?
多くの人たちに「こだわり」と映る「変な言動や行動」の数々が、
単に自分勝手で協調性を欠くばかりではないことが、
少しは理解できることでしょう。
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