精神科診断の世界には二つのスタンダードがあります。
一つはアメリカで作られている「DSM」、
もう一つはWHOにつらなる「ICD」です。
現在、最新版はDSM-5とICD-11ですが、
最後の数字の部分は不定期に更新されておりますので、
いずれまた新しいのが出ることでしょう。
さて、このDSM-5とICD-11で、一つの共通の診断概念があります。
Autism Spectrum Disorder。
略称はASD、訳し方はいくつかあるのですが、
ここでは「自閉スペクトラム症」としておきます。
古くは広汎性発達障害とも言いましたが、ほぼ同じものです。
もっと古くはアスペルガー症候群ならびに自閉症という言葉もありましたし、
今も非専門的な世界ではまだ使われているわけですが、これは同じではありません。
少し解説が必要ですので、項を割いてご説明いたします。
■アスペルガーと自閉症、その診断史
1943年、レオ・カナーというアメリカの医学者が、
初めて自閉症(オーティズム)という概念を提唱しました。
これ以前には、知的障害としてひとまとめに考えられていたのですが、
どうもただの知的障害とは違う知的障害のグループがあるらしい、
というのをカナーは突き止めたのです。
彼の名をとって、カナー自閉であるとか、カナータイプ自閉症であるとか、
そういう言葉が使われていた時代もありました。
なお、昨今においては、歴史的文脈以外で使うことはありません。
この概念は急速に広まり、診断概念としてすぐに定着しました。
しかし、アスペルガー症候群の方はそうではありませんでした。
実に1944年、カナー自閉の翌年にハンス・アスペルガーという、
ドイツの医学者によって、
「知的障害を伴わない種類の自閉症」があるとして提唱されたのですが、
一つには第二次世界大戦のさなかだったということなどがあり、
アスペルガーの業績はそのまま忘れ去られ、歴史の中に消えました。
それに再注目の光が当たるのはハンスの死後、1980年代になってからです。
診断概念としても急速に受け入れられるようになり、
DSM-4ではアスペルガー症候群が、
正式に診断概念の仲間入りをしたりもしました(のちに消えてしまいます)。
■同じ診断概念としての統合
さて、その後、「アスペルガー症候群とカナー自閉は別のものではなく、
同じ『何か』のそれぞれ異なる側面なのではないか?」という考え方が、
主流を占めるに至ります。アメリカではこれを「広汎性発達障害」として、
ひとまとめにするようになりました。
そこからさらにASDという呼び方への再変更が行われるなどのことがあり、
結局、いまは「自閉スペクトラム症」で日本でも定着しつつあります。
■具体的にどう違うのか
簡単に分かりやすくまとめますが、
つまり「自閉的特徴があり、また知的障害を伴うものが自閉症」、
「自閉的特徴があり、また知的水準は平均以上であるものがアスペルガー症候群」、
そして「自閉的特徴があることのみをもって定義づけられ、知的水準は問わないのが自閉スペクトラム症」です。
●自閉スペクトラム症の特徴
最後に自閉スペクトラム症の総合的な特徴を書いておきます。
ただし、これを読んだからといって、
皆さんがご自分でその診断をできるようになるというわけではありません。
ICD-11では、自閉スペクトラム症者と正常者の「境界」を三つ定義しています。
対人的相互反応に持続的な欠陥がある
感情の表出があまり現れなかったり、逆に異常なほど強く現れたり、
といったような問題です。言語の遅れ、あるいはほとんど発語が生じない、
というようなケースもあります。
社会的コミュニケーションへの動機付けが限定的である
他人との視線の合わせ方をうまく操作することができない、
母親に対する親密なコミュニケーションが現れない、
あるいは逆に異常なまでに母親に固執する、などの問題です。
行動、興味、または活動に、限定された反復的な様式がある
同じ動作を異常なまでに繰り返し反復する、
ある種の音や刺激を極度に好む・あるいはまた嫌う、といったような性質です。
極端に高い記憶力であるとか計算能力であるとか、
そういった現れ方をすることもありますが、
そのような場合でも単に学力が高いというようなことにはならず、
知的能力が大きく偏ることが知られています。
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